【サマーミューザ特別インタビュー】徳岡めぐみ&隠岐彩夏
オルガニスト徳岡めぐみ、ソプラノ隠岐彩夏が語る「真夏のバッハX」
インタビュー・文 飯田有抄(クラシック音楽ファシリテーター)
サマーミューザ恒例のオルガン公演「真夏のバッハ」。今年はオルガニスト徳岡めぐみさんが登場し、バッハとモーツァルトを組み合わせたプログラミングで聴かせる。共演に歌手陣を招き、声楽との「祈りの調べ」を展開する。徳岡さんと、ソプラノの隠岐彩夏さんにお話を伺った。

久しぶりに共演するお二人
徳岡さんが組んだ今回のプログラムは、バッハとモーツァルトによるオルガン作品と宗教声楽曲を軸に構成されている。
「オルガンといろいろな楽器との組み合わせも考えましたが、声楽とオルガンとの相性の良さから、今回はソプラノ・ソロや合唱との共演で構成する形となりました。結果的に、今まで私が組んだことのないプログラムとなりましたが、多くの方がきっとどこかで耳にされたことのある名曲が並びます」(徳岡)
共演者として迎えるソプラノの隠岐彩夏さんとは、久しぶりの再会だ。
「6年ほど前に、私がオルガニストを務める豊田市コンサートホールでの共演以来です。歌とオルガンでのコンサートというプランが決まり、共演者にどなたをお迎えするかというところで、ミューザから隠岐さんのお名前が上がったときは本当に嬉しかったです」(徳岡)
隠岐さんも徳岡さんとの出会いを懐かしく振り返る。
「あの時は映画音楽がテーマでしたよね、本当に楽しかったです。また徳岡さんと共演できるなんて、素敵なご縁に感謝しています」(隠岐)

開かれた祈りの調べ
コンサートの前半と後半はそれぞれオルガン独奏に始まり、締めくくりもオルガン独奏である。その間に声楽が入る形だ。
「前半は苦悩や悲しみから生まれる祈り、後半は神への賛美や歓喜といった世界観で構成しています。冒頭はバッハの華やかな《幻想曲ト長調BWV572》で幕を開けますが、そこから谷地畝さんの歌う《マタイ受難曲》のアリア〈憐れみたまえ、わが神よ〉へとうまく雰囲気がつながるように、音量や音色の面で表現の工夫をしたいと思っています」(徳岡)

宗教声楽曲は、キリスト教の祈りのテクストを歌う。その歌詞にどう向き合うか、隠岐さんは率直に語る。
「私個人はクリスチャンではないので、時折、本当の意味をわかって歌えているのだろうかと思うこともあります。でも私にとっては、音楽が鳴り響く空間そのものに身を委ねることが、祈りに似た感覚なのです。宗教曲は開かれたものだというイメージを持っています」
徳岡さんも、「クリスチャンじゃないとバッハの曲がわからないのかというと、そんなことはありません。それぞれが作曲家や作品に真剣に向き合っていれば、言葉や宗教を超えたところで音楽は成り立ちます。それが音楽の素晴らしいところです」と語る。
歌とオルガンの熱い関係
モーツァルトの《レクイエム》〈涙の日〉は合唱とオーケストラによる曲だが、今回は合唱の4声部を一人ずつの歌手が歌い、オーケストラの部分をオルガン一台で演奏する。
「4人の歌手による演奏は、大人数による合唱ならではの迫力や一体感とは一味異なる、室内楽的な親密さをお楽しみいただけると思います。それぞれのパートの個性や音色、音楽的な方向性が際立ち、ソプラノは光、アルトは母なるもの、テノールは人間らしさ、バスは土台、例えばこのような役割がより明確にお聞きいただけるのではと思っています」(隠岐)
4人の合唱は実力派の歌手たちが歌う。
「メゾ・ソプラノの谷地畝晶子さんは私の岩手大学時代の先輩です。その後東京藝大に進まれ、私もそれを追った形となり、長年の友人でもあります。日本人では珍しい、深みのあるアルトの声をお持ちです。ソプラノは経塚果林さん。以前から共演したいと思っていた、同世代の素晴らしいソプラノです。テノールは私の夫でもある隠岐速人さんです。音楽的にも最も信頼している彼に加わってもらいました。バスの後藤春馬さんは、オペラ・ユニット『カントキューブ』で夫が活動を共にしています。アンサンブルの要として、より低音を充実させることのできる生粋のバスの方に入っていただきたいと思い、後藤さんに加わっていただきました」(隠岐)

なお、オーケストラパートを担うオルガンは、徳岡さん自身が編曲を手がける。
「すでに編曲された楽譜もいろいろと調査しましたが、なかなかこれぞというものが見つからず、自分でアレンジすることにしました。ロマン派時代のオーケストラよりは編成は小さいので、まだやりやすいですが、やはりオーケストラ譜をそのまま移行しようとしても、うまくいかないところはたくさんありますので、レジストレーションも含め、適切にアレンジしたいと考えています」(徳岡)
オルガンと声楽の共演について、隠岐さんはその魅力を次のように語る。
「オルガンはパイプに送られる空気によって音が出る楽器で、鍵盤が押されている限り音を鳴らし続けることができます。人間の声は呼吸した分だけ、個人差はあれど持続には限界があります。儚さをもって放たれる声と、揺るぎないオルガンの響き。この二つの対照は、それだけでドラマを生み出していると感じます」(隠岐)
徳岡さんも歌との共演について熱く語る。「私は昔から歌の伴奏をするのが大好きで、大学時代はよく声楽科の学生のレッスンでピアノを弾いていました。ピアノは音が減衰する楽器ですが、風を使うオルガンは、音を切る瞬間も自分で決めます。歌との共演では、終わりのタイミングを注意深く聴きますが、合わせられた時の喜びは格別ですね。自分も歌っているような気分になれるのです」

オルガン独奏曲が奏でるドラマ
オルガン独奏曲の中で、徳岡さんが特に「注目してもらいたい」と語るのは、前半の最後に演奏されるバッハの《幻想曲とフーガBWV542》と、後半の最初に演奏されるモーツァルトの《幻想曲K.608》の配置だ。
「どちらも影のある作品です。バッハのBWV542は、バッハが最初の妻を亡くした頃の作品、モーツァルトのK.608は自分の死を予感していた最晩年の作品です。この2曲は絶対にプログラミングしたいと思いました」
そして最後は「壮大な響きで締めくくりたい」という思いから、バッハの《パッサカリアBWV582》を選曲した。
真夏の夜にミューザで響く、バッハとモーツァルトの調べ。人間の祈りと神聖な響きが交差する特別な時間をお過ごしいただきたい。