スペシャル・オーケストラ・シリーズ
2026.01.25
ミューザ川崎シンフォニーホールで最高の音楽体験を——
2026-2027シーズン、世界的なマエストロと名門オーケストラによる「スペシャル・オーケストラ・シリーズ2026」をお贈りします。
そのうち秋の3公演は、ミューザ友の会会員様のみセット券でお求めいただけます。
セット券で楽しむ名演奏——3つのオーケストラ公演をご紹介します。
文◎奥田佳道(音楽評論家)
シュミット:オラトリオ「7つの封印の書」
次期音楽監督ロレンツォ・ヴィオッティ ウィーンの劇的大作に挑む!

私たち音楽好き、オーケストラ好きは早くも心躍らせている。ミューザ川崎シンフォニーホールの芳醇な音響と呼応、交歓する「スペシャル・オーケストラ・シリーズ2026」の顔ぶれ、プログラムが決まった。優れたアーティストはしばしば「曲目を提出したときからコンサートは始まっているのです」と口にする。その気持ちは私たち聴き手も同じだ。ミューザを仲立ちとした「響宴」に想いを寄せたい。
ミューザで音を創ってきた東京交響楽団の次期音楽監督、ロレンツォ・ヴィオッティ(1990年3月スイス、ローザンヌ出身)が腕をふるうのは、音楽の都ウィーンの諸相を映し出す匠フランツ・シュミット(1874~1939)が最晩年の1938年、ウィーン楽友協会の依頼に応えて作曲した気宇壮大なオラトリオ「7つの封印の書」で、これはふだん宗教的な音楽や声楽曲を聴かない方にも万難を廃して体感していただきたい。
現代への警告と捉えることも可能な合唱、独唱はもちろんのこと、ファンファーレ風の動機を交えたオーケストラ、パイプオルガンの長大なソロ!も主役を演じる劇的な大作で、その音楽は誤解を恐れずに申せば、オペラ的で絵画的。聖書の題材は別だが、その壮大さから「20世紀のマタイ受難曲」と讃えられることもある名曲だ。
いつまでも耳に響くC-D-G-F(ド・レ・ソ・ファ)の音型、このオラトリオの語り手ヨハネ役(テノール)が最初と最後に歌う「私は始まりであり終わりである(私はヨハネ)」、それに終盤でホールを満たす「ハレルヤ」の大合唱など、聴きどころは枚挙にいとまがない。封印が解かれるごとに起こる白い馬の正義、赤い馬については、きっと歴史的なライヴとなる当日の演奏に委ねよう。
ひとつ、あの感動的な「ハレルヤ」の調べが、ウィーンのカトリック教会のミサで歌い継がれてきた聖歌であることはお伝えしておきたい。近年まで「7つの封印の書」は、ウィーンの復活祭シーズンに(ワーグナーの「パルジファル」とともに)欠かせない音楽で、このオラトリオをいわばプレゼントされたウィーン楽友協会合唱団(ジングフェライン)のコンサートでは、終盤の「ハレルヤ」の場面になると声を出さずに“歌う”聴き手が多かった。たくさんの人の口元が動いていた。
今聴くべき「7つの封印の書」のために、マキシミリアン・シュミットら望み得る最高のキャストが揃った。ジョナサン・ノット指揮東京交響楽団のステージを彩ったあの人この人もいる。何と喜ばしいことだろう。
ベルリン国立歌劇場管弦楽団《シュターツカペレ・ベルリン》
ドイツ名門歌劇場のオーケストラ 音楽総監督ティーレマンとのブルックナー


古き良き時代のカペルマイスター(楽長)気質と技を受け継ぐとともに、構えの大きな音楽観で客席に得も言われぬ高揚感をもたらす名匠クリスティアン・ティーレマン(1959年4月ベルリン生まれ)の登場を待ち焦がれるファンも多い。
いつまでも精悍で若々しいティーレマンは、いま故郷の老舗シュターツカペレ・ベルリン(ベルリン国立歌劇場管弦楽団)と相愛だ。
独特の、下から何かを救い上げるような指揮ぶり(それにコルクの握り方)と指揮台にドンッと飛び乗る動作といった音楽以外の立ち居振る舞いも話題になる愛すべき指揮者だが、伝統と格式を誇るドイツ語圏の名オーケストラと奏でるブルックナー、ブラームス、リヒャルト・シュトラウスは、ある意味、他の追随を許さない。
シュターツカペレ・ベルリンも他のドイツの名門同様、世代交代と多国籍化がふつうに進んだが、ティーレマンのもとで奏でる厚み、うねり、深みに、少し前のドイツ、オーストリアの響きを聴く向きも多い。
メインのブルックナーの交響曲第7番に思わずほほ緩む。王道を往く演奏が早くも聴こえてくるかのよう。近年あの第2楽章は、ワーグナー追悼ばかりでなく、ブルックナーのウィーンの自邸前で起こった凄惨なリング劇場火災の被害者に捧げる調べ、との論考も出され興味は尽きないが、版の選択を含めてブルックナー好きはいつも熱い。作曲家や演奏家以上にお詳しそうな御仁もいらっしゃる。
ちなみにベルリン、ウィーン、ドレスデン、ライプツィヒの歴史あるオーケストラは、ただ原典版(Urfass)と記されたブルックナー出版(Bruckner -Verlag, Leipzig)刊の古い楽譜(ハース版、ノーヴァク版以前の楽譜)も所有している。実際のステージで使われるかどうは別として、そうしたスコアへの往年の指揮者の書き込みも老舗オーケストラの財産となる。
古今の楽譜や文献に通じ、ベートーヴェン弾きとして名高いオーストリアの練達、80歳を迎えようかというルドルフ・ブッフビンダー(1946年12月生まれ)が何とグリーグを弾く。こちらもメインディッシュだ。余談だが、ブッフビンダーのウィーン近郊の自邸は、さながら音楽図書館のようだった。作曲家の自筆譜、筆写譜、初版楽譜の膨大なコレクションに驚いたことがある。みんなが大好きなグリーグにも新たな視座を授けるのではないか。
バイエルン放送交響楽団
ミューザを愛するマエストロ・ラトル 2年ぶりの帰還は「ザ・グレート」


サー・サイモン・ラトル(1955年1月生まれ)とミューザ川崎シンフォニーホールの絆、ラトルのミューザ愛については、述べるまでもない。ミュンヘンを拠点とするオープンマインドなヴィルトゥオーゾ・オーケストラ、バイエルン放送交響楽団の魅力についても語り尽くされている。ラトルとバイエルン放送響は2025年秋、ラトルの故郷リヴァプール、ラトルが長く音楽活動を展開したバーミンガムを含むヨーロッパツアーを行い、各地で賞賛また賞賛を博した。このコンビは今、これまでにない高みに達している。
チェコ・フィルとの蜜月が示すようにラトルはドヴォルザークも十八番。開演をことほぐ「スケルツォ・カプリチョーソ」に遅れなきよう。
鮮やかな技も思索性も素晴らしいイザベル・ファウストのアルバン・ベルクに胸ときめく。バッハをこよなく愛し、バロックかモダンかという「次元」を超えたバッハで新境地を拓いたファウストが、終盤でバッハがこだまするベルクを弾くのだ。曲に織り込まれたオーストリアの民謡に秘密のメッセージはさて。新ウィーン楽派でも冴えるラトル、バイエルン放送響との相乗効果を体感しない手はない。
そして時空を超えたウィーンの調べがプログラムを締めくくる。シューベルトの「ザ・グレート」。終わらないで欲しいと願いたくなるような交響曲。溢れ出る歌に寄り添う繰り返しの美学、魔法のような転調を満喫したいものである。
(ミューザ川崎シンフォニーホール友の会会報誌「SPIRAL」vol.87より)
各公演の詳細及びセット券の情報は「スペシャル・オーケストラ・シリーズ シリーズページ」よりご確認ください。
