パイプオルガン×ジャズ・ピアノ 新たな出会い イヴ・レヒシュタイナー(オルガニスト)
2025.10.14
ジャンルを超越した多彩なプログラムで聴衆を熱狂の渦に巻き込むオルガニスト、イヴ・レヒシュタイナー。
2023年にバッハからプログレッシブ・ロックまで、さらには自身の編曲による「幻想交響曲」オルガン独奏版を聞かせてくれた彼が、ミューザ川崎シンフォニーホールに帰ってきます!
今回はジャズ・ピアニスト宮本貴奈を迎えてのコンサート。未体験の音の冒険に期待大です。
取材・文◎宮本 明(音楽ライター)

©池上直哉
レヒシュタイナーと宮本貴奈 ミューザでの出会い
オルガニスト、イヴ・レヒシュタイナーとジャズ・ピアニスト宮本貴奈。パイプオルガンとピアノの共演はレアだ。この異色の顔合わせのきっかけはレヒシュタイナーの公演だった。中学の頃まではエレクトーンを弾いていたという宮本は、アメリカ時代にはピアノだけでなくハモンドB-3オルガンも駆使して活動しており、ミューザのホールアドバイザーに就任した2023年に開催されたレヒシュタイナーのオルガン・リサイタルにも、並々ならぬ興味を持って聴きに出かけた。バッハから「エクソシスト」まで、無限ともいえる音色のパレットとハーモニーの多彩さ。「パイプオルガンでこんなことができるのか!」と衝撃を受け、終演後に彼の楽屋を訪ねた。矢継ぎばやに質問を浴びせる初対面の宮本に、レヒシュタイナーもすぐに心を開き、互いの音楽的好奇心が火花を散らした。
レヒシュタイナーにとっても、ジャズ・ピアニストとの共演は今回が初めて。もっとも彼は過去10年間、ジャズ・ギターとパーカッションと組んだプログレッシブ・ロック・トリオ「RCM」でも活動してきた経験を持つ。異ジャンルとの接点は豊富で、今回のコラボにも違和感はなかったという。

伝統に根ざしつつ無限の音色を操る、革新のオルガニスト
宮本が驚愕したレヒシュタイナーの音色の多彩さについて、ミューザのオルガンを最もよく知るホールオルガニストの大木麻理はこう証言する。
「いい意味でタブーを恐れず、そこにずばずば切り込んでいって、自分の音楽に取り入れるセンスが素晴らしいですね」
鳴らすパイプの、ほとんど無限の組み合わせから自分の必要とする音色を作る工程は、オルガニストの演奏技量の半分を占めるといっても過言ではないという。彼はセオリーにないような組み合わせにもどんどんチャレンジして、唯一無二の個性にしている。失敗すれば演奏は一気に台無し。広い視野と確かなイメージがあってこそ成立するのだ。
ジャンルの垣根を軽々と飛び越えて、あらゆる音楽に門戸を開いているレヒシュタイナーだが、活動のメインの場が教会であるヨーロッパのオルガニストがそこにチャレンジしているのも面白い。前出の大木は言う。
「教会でジャズやロックを弾く機会は限られます。その枠を越えて、エンターテインメントとしてのオルガン音楽を模索しているのでしょう」
もともと古楽の名門であるスイス・バーゼルのスコラ・カントルムで学ぶなど、バロックの王道を歩んできたレヒシュタイナー。伝統と革新。バロックの基礎に裏打ちされた確固たる技術と、ジャンル横断的な感性が結びついてこそ、既存の枠組みを超える演奏が可能になるのだ。
宮本貴奈とともにたどる、響きの彼方への冒険
プログラム後半に置かれた二人のコラボは、ジャズとクラシックを絶妙なバランスでまたぐ選曲だ。それをさらにどう料理するのか。
ジャズ・ギタリスト、パット・メセニーの「ミヌアーノ」は、パット・メセニー・グループの1987年のアルバム『スティル・ライフ』に収録された、彼の代表曲のひとつ。レヒシュタイナーが提案し、宮本も「絶対やろう!」と即決した。リリカルなメロディ・ラインと豊かな和声が醸し出す壮大な音の風景が、ピアノとオルガンによってどんなふうに生まれ変わるか。
ムソルグスキーの「展覧会の絵」は、いうまでもなくピアノ曲が原曲で、ラヴェル編曲のオーケストラ版もよく知られている。しかし今回は、原曲へのリスペクトをキープしながら、音の可能性を探る出発点として扱い、自由な構成で展開する試み。二人のやりとりの中では、ヒントのひとつとしてエマーソン・レイク・アンド・パーマー(ELP)版の話題が挙がっている模様だ。1971年のプログレッシブ・ロックの名盤。そういえばあのアルバムも、パイプオルガンによる〈プロムナード〉で始まっていた。
そしてガーシュウィン「ラプソディ・イン・ブルー」。これは宮本からの提案で、レヒシュタイナーも「昔からやりたかった」と快諾したシンフォニック・ジャズの古典だ。基本的にはオーケストラ・パートをオルガンが担いつつも、宮本の即興にレヒシュタイナーも応答するような、即興合戦の場面も出てきそう。バロックとジャズは「即興」でつながっている。クラシックのオーケストラだとオケ・パートに即興を期待するのは難しいし、“一人で弾くオーケストラ”のオルガンだからこそのフットワークも利点になるだろう。自由に繰り広げられるジャジーな語法の対話が見たい。
コンサート前半は、レヒシュタイナーのオルガン・ソロ。バッハで始まるのは、もちろん後半のジャズとのコラボとのコントラストということもあるだろう。ところが、最初に宮本に届いたレヒシュタイナーの候補曲リストにも、複数のバッハ作品が並んでいたのだそう。つまりジャズとのコラボ曲としても想定していたのだ。「クラシックとジャズ」「古典と現代」、そんなステレオタイプな対象軸では、レヒシュタイナーの世界観を推し量ることはできないのだろう。私たち聴き手にとっても、いくつもの新しい出会いが詰まったコンサートになりそうだ。

(ミューザ川崎シンフォニーホール友の会会報誌「SPIRAL」vol.86より)