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今回のリサイタルはひとつの到達点にしてひと区切り、 私にとっては人生の大切な分岐点になるかもしれません -小川典子インタビュー

2019.09.21From_Muza From_Muza インタビュー


9月28日(土)、ミューザ川崎の開館当初からホールアドバイザーを務める小川典子さんのリサイタルが行われる。幅広いレパートリーを誇るピアニストならではのバラエティ豊かなラインナップだが、ご本人は「これから新しいステップへ向かうための分岐点になるかもしれません」というほど、重要なコンサートとして位置づけているようだ。リサイタルのサブタイトルは「ミューザと歩んだ15年」。演奏される曲についても含め、あらためて小川典子さんとミューザ川崎の深い関係についてうかがいました。(聞き手=オヤマダアツシ/音楽ライター)

川崎のあたたかいお客様がいてこそ! ミューザで生まれ、育ててきた企画

──「ミューザと歩んだ15年」と聞くと、ホールアドバイザーとしての任期が終わってしまうのかな?と思ってしまいますが。
小川 来年以降も続きますよ。実は最近、今までの活動とは違ったことにも興味が湧いていますし、演奏活動とのバランスを再考しなければいけないなという岐路に立っていると感じることも多いのです。その新しい試みを、またミューザでも披露したいですし、お客様とも時間を共有できればいいなと思っています。

──小川さんは川崎市出身の音楽家として、ミューザ川崎の創設時から関わっていらっしゃいますので、開館当時のことをあらためてうかがえますでしょうか。
小川 オープンの数年前、市の職員や市民の代表の方々などが集まる準備委員会に関わらせていただいたときからです。私は小学校6年生まで幸区に住んでいましたから(現在は多摩区在住)、川崎駅の周辺はよく知っていました。でも最初は、オーケストラの定期演奏会ができるくらい大きなホールがここにできると言われても半信半疑でしたね。棟上げ式の後くらいにヘルメットをかぶってこの場所に立ったとき、ようやく実感したほどでした。その時にはもう、ピアニストである自分にはここで何かできるかということを考えましたし、「ジェイミーのコンサート」の構想を練っていましたから、そのお話をさせていただいたと記憶しています。その日が基になって、今も「ジェイミーのコンサート」が続いているのです。

──「ジェイミーのコンサート」は、小川さんがイギリスで一緒に暮らしていたご家庭に自閉症のお子さんがいらっしゃったという経験から生まれ、介護をされているご家族のために音楽で安らぎのひとときをと計画されたコンサートですけれど、今年の4月で17回を数えるほど続いています。
※「ジェイミーのコンサート」のウェブサイト http://jamiesconcerts.com
小川 今ではイギリスでも開催していますが、これは日本、しかもミューザ川崎市民交流室で生まれ、育ててきたコンサートです。リピーターもたくさんいらっしゃって本当に温かい雰囲気ですし、そういった方たちに支えられているからこそ自信をもって新しいことにも挑戦できるのです。最近はご家族ではなく、発達障害をお持ちの方も足を運んでくれて「会場で同じ悩みをもっている方に出会えて、自分だけじゃない、と力が湧いてきました」という声をいただけたり、新しい展開になってきたのかなと思います。

「ジェイミーのコンサート」は当事者の方々だけでなく、自閉症啓発イベントとしても定着してきた

──ミューザのお客様の印象はいかがですか。
小川 「ジェイミーのコンサート」では、常に新しいことに挑戦しています。日本の現代音楽だけでプログラムを組んだこともありますが、斬新で実験的な企画も暖かく迎えて頂きました。実際、川崎のお客様は気さくですし、あたたかいですよね。いろいろな国や街でコンサートをしてきましたが、これは誇張でもお世辞でもなく、ミューザは拍手の音があたたかいなと実感しています。そういった街だからこそ、プログラムで冒険することも可能なのです。『フェスタ サマーミューザ』の「イッツ・ア・ピアノ・ワールド」で、子どもたちにステージへ上がってもらって、ピアノの音を間近で聴いてもらうという試みもミューザで始めた企画ですよ。

ステージ上で小川さんの演奏を間近で聴くことのできる「イッツ・ア・ピアノワールド」

──最初に拝見したときは驚きであり、新鮮な光景でした。
小川 子どもたちからの質問が鋭くて、以前は「好きな作曲家は誰ですか」といったものが多かったのに、最近では「どういう風に腕を使ったらいい演奏ができますか」といった、とても熱心で専門的な質問も増えてきました。ロンドンのギルドホール音楽演劇学校で生徒をもっていますし、「浜松国際ピアノコンクール」で審査委員長を務めていることもあって、若い世代へ伝えなくてはいけないという気持ちも大きくなってきましたし、子どもたちの質問に感心しながら川崎でも何か新しいことはできないだろうかと考え始めているのです。でも時間は限られていますから演奏活動とのバランスを考えないといけませんし、そうしたことからも今回のリサイタルが、自分の人生の中でひとつの区切りになるかもしれないと思っています。

上皇后陛下のお言葉から生まれた作品ほか このリサイタルだからこそ選ばれたプログラム

──そのリサイタルですが、どの曲も小川さんにとっては大切なものだと思いますけれど、あらためてご紹介いただけますでしょうか。
小川 モーツァルトのピアノ・ソナタ第11番「トルコ行進曲付き」は、自筆譜から新しく作成したヘンレ版の楽譜を演奏しますので、弾いたことがある方やよくご存知の方は、何か所かで「知っている音と違うな」と気がついていただけるでしょう。宝探しを楽しむような感覚を味わえると思います。ドビュッシーの「ピアノのために」は、「前奏曲集」や「ベルガマスク組曲」など他の曲に比べるとあまり演奏される機会がなく、とても素敵な曲なので選びました。

ドビュッシー:ピアノのために(演奏:小川典子/ナクソスミュージックライブラリー試聴)

──菅野由弘さんの曲は、今回演奏される「水の粒子」も含めた3曲がミューザで初演されています。ミューザのお客様は、もう自分たちの音楽だと思っていい作品たちですね。
小川 ミューザで演奏されることを想定して書かれていますので、本当にきれいにホールの中で響きます。この曲は、独特の高周波を出す「明珍火箸(みょうちんひばし)」という玉鋼(たまはがね)で作られた火箸を使うのですが、こういう名品があると私たちに教えてくださったのが、現在の上皇后陛下でした。私が南部鈴とピアノのために書かれた菅野さんの曲を演奏したとき、当時は皇后陛下でいらっしゃった美智子様が臨席され、そのコンサートの後で明珍火箸のことを教えてくださったのです。その数日後に明珍火箸の作家が東京で展示会をすると知り、菅野さんが足を運び、明珍火箸を購入されました。ですから、とても素晴らしい出会いが重なってこの曲が生まれたといえるでしょう。他に類をみない不思議で美しい音がしますので、ミューザの空間に澄んだ響きが広がると思います。

明珍火箸(wikipedia)

菅野由弘:水の粒子-ピアノと明珍火箸のための(演奏:小川典子/ナクソスミュージックライブラリー試聴)

2010年2月「ベートーヴェン+ Vol.2」より。ピアノの横に明珍火箸がぶら下がっています。

──そして小川さんのために書かれた曲がもうひとつ。作曲者はジョセフ・フィブス(Joseph Phibbs)というイギリスの方ですが、2018年に行われた「ジェイミーのコンサート」で初演されています。
小川 まだ40代の作曲家ですが本当に繊細な人で、音楽も人柄をそのまま映し出したような、静かで美しい曲です。優しい響きがして、日本のお客様にも絶対に気に入っていただけるでしょう。こうして、私のために書かれた曲を聴いていただけるのは大きな喜びですし、それもまた自分にしかできないことなのだと思います。

作曲家ジョセフ・フィブスのホームページ(同世代で最も成功した作曲家と評されている)

──コンサートの最後には、ベートーヴェンの「熱情」ソナタを演奏されます。2009年から2011年にかけて『ベートーヴェン+(プラス)』というシリーズをする中、菅野さんの三部作も初演されたという、とても興味深い内容でした。
小川 実は先日、これまではあまり演奏会をしてこなかったドイツでこの曲を弾いたのですが、もう肝試しのような気分でした。そうしたら、普段はあまりお世辞のようなことを言わないドイツのお客様たちがとても喜んでくれ、なんだか本場の皆さんからお墨付きをいただいたような気分になったのです。ミューザのお客様からもたくさんリクエストを頂戴しているようですから、今回の大切なリサイタルに入れました。

──小川さんらしい、そしてミューザでしか聴けないプログラム、楽しみにしています。

【公演情報】

小川典子ピアノ・リサイタル「ミューザと歩んだ15年」

日時/2019年 9月28日 (土) 14:00開演
出演/ピアノ:小川典子
曲目/
モーツァルト: ピアノ・ソナタ第11番 イ長調 K. 331「トルコ行進曲付き」  
ドビュッシー:「ピアノのために」 
菅野由弘:「水の粒子」ピアノと明珍火箸のための(2010)
ジョセフ・フィブス:NORIKOのためのセレナータ(2018)
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第23番 ヘ短調 作品57 「熱情」

※13:10~13:40 小川典子と高坂はる香(音楽ライター)によるプレトークあり(指定席) 

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