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松居直美さんに聞くセザール・フランクの魅力、そしてこれからのオルガン界

2021.12.21

From_Muza

ホールの正面に鎮座するパイプオルガンは、ミューザ川崎シンフォニーホールのシンボルともいえる存在。ホールと一体となって豊かに鳴り響く様は、まさに楽器の王様の風格を備えています。
このパイプオルガンをフィーチャーし、心ゆくまでオルガンの魅力を味わえる企画が、年に一度の「ホールアドバイザー松居直美企画」です。今年は、ミューザのオルガンに誰よりも寄り添い、そして日本のオルガン界の未来を見据え続けているオルガニスト、松居直美さん自身が公演企画に加え、演奏も務めます。
さて、セザール・フランクという作曲家が、2022年にメモリアルイヤーを迎えることを皆さまご存じでしょうか?それ以前にそもそも、セザール・フランクって誰? と思われる方も多いのではないでしょうか。
フランクは、19世紀フランスで活躍した作曲家で、彼が残した名作「ヴァイオリン・ソナタ」や唯一の交響曲 ニ短調は日本でも演奏機会は少なくありません。しかしオルガン・ソロのコンサートでフランクを堪能するなんて、ニッチでコアな香りが漂っていますよね。今回は、企画者の松居直美さんに知られざるフランク作品の魅力や聴きどころ、さらに演奏者の方々について語っていただきました。(取材・文 ミューザ川崎シンフォニーホール)

日本オルガニスト協会公式、フランク生誕200年記念ロゴマーク。なんとも味のある表情のフランクさんです。

フランクと〇〇

まずは、2022年2月19日(土)開催の「ホールアドバイザー松居直美企画 セザール・フランク生誕200年 メモリアル・オルガンコンサート」のプログラムについて詳しく伺いたいと思います。3部構成でそれぞれ「フランクと○○」で構成されていますが、それぞれのテーマや選曲についてお聞かせください。

松居 第1部はフランスのオルガンの伝統の中におけるフランクの存在意義、偉大さをテーマにしています。彼は正確に言えばベルギー人ですが、彼の存在から続くフランス音楽の広がりははかり知れません。19世紀末から20世紀、そして現代に広がっていくフランス音楽の元にはフランクがいました。なので、フランスオルガン音楽の世界の中のフランクの存在感を浮き彫りにするという切り口を作りたかったのが第1部です。演奏者の梅干野さんとも話して選曲をしました。フランスのオルガン音楽という意味で、古典期の作品も1曲ですが紹介します。とても美しい曲です。
フランクの後にまずフランキストと呼ばれる弟子たちの活躍があり、その後彼らの弟子や孫弟子が広がっていく、そうしたフランクの影響の広がりは、大変大きいと思います。例えば現代音楽のビックネーム、メシアンもいますし、今回演奏されるデュリュフレもフランクの系譜に当たります。彼らまで続く近現代フランスオルガン音楽の根っこに存在するフランクという紹介の仕方をしたいと思いました。


サント・クロチルド教会(パリ)のオルガンを演奏するフランク

松居 第2部は、ドイツ音楽からの影響を紹介したいと思っています。当時のフランス人音楽家はドイツ音楽から多大な影響を受けていますよね。例えばベートーヴェンがすごく称えられていたという話もあります。フランク自身はリストと交流があり、ドイツのロマン派の音楽に非常に啓発されていました。循環形式というロマン派特有の作曲技法をリストから学んで、「交響的大曲」を残しました。
第2部は、リストの「アド ノス アド サルタレム ウンダムによるファンタジーとフーガ」も大曲ですのでかなり聴きごたえのある、どちらもシンフォニックな響きのプログラムになっています。

第3部の「3つのコラール」はフランク最晩年の作品です。ロマン派の音楽家たちは、フランス人もドイツ人もですが、バッハのことをよく学んでいました。フランス革命の後、フランスにバッハの音楽が入ってきて、フランスの音楽家たちは非常に影響を受けました。対位法を学ぶならバッハだといって、19世紀の音楽家にとってバッハとは必修の存在だったようです。ドイツのメンデルスゾーンもシューマンもブラームスもみんなバッハを弾いていましたから。
また、フランクは単なる作曲技法だけではなくてバッハの音楽というものを大事にしていました。そして晩年にフランク自身の手法で「コラール」を書きたい、と思ったそうです。それも、既存のコラール旋律やグレゴリオ聖歌の旋律を模倣した曲ではなく、自分なりのコラールを書きたいと…、それで完成したのが3つのコラールです。既にこの作曲の際には事故がもとで病気を患っていたので、これら3つがフランクの最後の作品になりました。

Tomb of César Franck.JPG
オーギュスト・ロダンによる胸像が設置されたフランクの墓

最もロマン派らしい作曲家

特に第1部はフランクと同時代の作曲家との作風の違いなどから、フランクの特徴を比較して楽しむことが出来そうですね。松居さんが感じているフランクの魅力は何でしょうか?

松居 フランス人とベルギー人という違いなのかもしれませんが、サン=サーンスなどと比べると雰囲気が違い、フランクの作品はある意味で地味です。外連味も派手さもない。どちらかというと内面的な、まじめな、真摯な、という性格があると思います。その分、心を打つ何かがあります。派手な音楽でその場の満足感で終わるということは無くて、いつまでも心に残る余韻がある…と感じます。
19世紀の作曲家は沢山いて、魅力的な作品が本当に数多く作られた時代ですが、「ロマン派」って何?と考えたときに、フランクが最もロマン派らしい作曲家なのでは、と思うことがあります。(彼の作品とは反対に)華やかで、ダイナミックで、シンフォニックで、という作品は多くあります。ですがフランクは叙情的で、内面的な表現が魅力です。“romantic”という言葉の本当の意味を持っている作曲家の一人だなと思います。

ぜひ、フランス音楽界、オルガン界にとって重要な存在であるフランクの神髄をこのコンサートで味わっていただきたいですね。

松居 限られた時間ではありますが、3つの違う方向からアプローチして聞いていただいて、お客様がそれぞれにフランク像を感じていただければと個人的には思います。

フランス・オルガン音楽の色彩感

フランクにスポットを当てた演奏会というのは、過去にも企画したことはありますか?

松居 オールフランクのプログラムを組んで演奏会をしたことはありません。というのも、フランクの作品は演奏する楽器を選んでしまうからです。必要なストップ(音色)があるオルガンでしか弾くことができないので、それが理由でフランクの作品を集めたコンサートは実現しにくいというのはありました。

それは、当時フランクが演奏していたという、カヴァイエ=コルが作った楽器に合わせた音色で演奏する必要があるからでしょうか。

松居 もともとはそのように作曲されていました。ミューザの楽器はカヴァイエ=コルのスタイルではないですけど、これだけのストップの種類があれば、その音色を模倣して響きを近づけることができるわけです。ですが小さな規模の楽器ではそういうことは難しい。音色と音楽がフランス音楽は一体感が強いのが特徴です。フランスものの作品があまり演奏されないのにはそういった理由があるのではないでしょうか。
ですので、フランス独特のストップを持っている楽器か、規模が大きくてフランス独特の音色が模倣できるくらいの多彩なストップを備えている楽器でないと、演奏するのは難しいですね。
昨年度の「松居直美企画」ではベルリオーズの「幻想交響曲」をオルガンソロに編曲したものを取り上げましたが、あれはもともとがオーケストラ作品だったのでフランスのオルガン特有のストップが必要ということはありませんでした。ですが、フランクの場合は楽譜に音色の指定が書かれているので、明確な響きのイメージがあります。


カヴァイエ=コルが建造し、フランクがオルガニストを務めたサント・クロチルド教会のオルガン

その指示通りの音で演奏しないといけないのでしょうか?

松居 フランス人のオルガニスト(作曲家)は古典期も近代も殆どが音色を指定し、使うストップを楽譜に書き残しています。だから、そのストップが無いオルガンで弾かなければならない場合にどう代用するかがポイントになってきます。
フランクの作品も、カヴァイエ=コルの楽器で弾いたらこういう響きになる、という意味の指示が書かれています。私たちもその響きが聞こえるように、できるだけその音に近づけるように、カヴァイエ=コルでない楽器の場合でも工夫して音色を組み合わせていきましょう、という努力をオルガニストはしているわけです。
そのためにも、やはり規模が大きくて色々な音色を備えている楽器は、工夫の可能性が大きいです。

それで結構多彩な音色が求められるのですね。

松居 フランス人は音の色に対してとてもこだわりがあります。それはフランクに始まったことではなく、革命前のフランス古典期の音楽や、オルガン作品でも同じことが言えます。音色の指定が書かれていて、色彩感の豊かな音色が使われているのです。それは、やはりフランス人の民族性に由来するのだと思います。

ベル・エポックで華々しく開いた文化の時代というとラヴェルなどが浮かびますが、彼らに至るまで面々と色彩感覚がフランスの伝統として紡がれているのですね。
フェスタサマーミューザで「真夏のバッハ」というオルガン入門編のような企画を続けているように、我々にとってオルガンといえばバッハの印象が強くあります。ですが、フランクの作品はそれとはまったく異なる音色や音楽を楽しめそうです。


多彩なストップ(左右にある黒いボタン)を備えるミューザ川崎シンフォニーホールのオルガン

演奏者について

では、演奏者である梅干野さんと廣江さんのことをご紹介下さい。

松居 梅干野さんは長くフランスで勉強されて、フランスのオルガン、フランス人のエスプリを体で感じてきた人です。様々なカヴァイエ=コルのオルガンを聞いて、その響きをご自分の中に確かに持って帰国されました。それに、19世紀以降の近現代の作品がお好きでよく弾いていらっしゃいます。今回のようにルフェビュール=ヴェリーやサンサーンス、デュリュフレの作品の中でフランクを演奏するには彼女が適任だと思いました。
廣江さんはドイツでオルガンを学んでこられた人なのです。それに大変優れたピアニストでもあり、特にロマン派の作品をすごく説得力のある表現をなさいます。私は是非彼女にリストを弾いてもらいたいと思いました。ロマン派の作品をピアノで学んで弾いていらした廣江さんの演奏と、オルガンのドイツロマン派がぴったりとはまる瞬間が私は素晴らしいと思います。

ピアノもオルガンも、同じ鍵盤楽器と見てしまいがちですが、やはり違いは大きいのでしょうか。

松居 それぞれの楽器にはイディオムがあります。片や打楽器、片や管楽器ですから。弦をたたいて鳴らすのか、笛を吹いて鳴らすのかという違いがあります。
リストにとってはオルガンよりもピアノの方が自分の楽器だったはずです。彼が残した素晴らしいピアノ曲の数々、廣江さんはそれらも熟知してオルガン弾いていらっしゃるのでしょう。

オルガンと出会うということ

では、松居さんご自身についてお伺いしたいのですが、松居さんご自身はオルガンとの最初のきっかけは何ですか?

松居 私は教会からです。毎週日曜日に教会に通っていて、ある時その教会がパイプオルガンを購入しました。日本の教会としてはオルガンの導入が早い時期でしたね。その楽器の披露演奏会を聴いたのが初めての出会いでした。それまでピアノとリードオルガンくらいしか鍵盤楽器を知らなかったので、生まれて初めてあんな音を聞きました。いわゆるオルガンのキラキラとした音、しかも礼拝堂の2階のギャラリーにオルガンが設置されたので、上から音が降ってくるという経験は初めてのことで、衝撃でした。中学に入るくらいの時の事です。パイプオルガンを折角購入したからには、誰か弾く人を育てないとということで、ちょうど良いタイミングで練習し始める機会を得ることが出来ました。

松居さんがオルガンを始められたころはオルガニストの人数も少なかったのでは?

松居 少なかったです。音大のオルガン科に入るのはクリスチャンで教会で弾く機会がある人か、牧師のご家族、といったオルガンに触れる機会のある人たちでした。コンサートで聴いてオルガンを始めたという人はあまりいませんでした。

それに比べると今の日本は、演奏者も楽器も幅が広がったと言えるのでしょうか。

松居 コンサートホールにオルガンが普及してきたころ、それぞれの持ち主が広く親しんでもらうにはどうしたらよいかとか、弾き手の少なさに危機感を感じていたのでしょう。それで各ホールが試行錯誤して、こうして実りつつあると思います。小さなコンサートをたくさん開いたり、オルガンスクールを開講したり、オルガン人口の裾野を広げる努力を色々しましたから。


ミューザ川崎シンフォニーホールも、定期的にオルガンレッスンを開講している

オルガン人口を増やしていくことも、ミューザ川崎シンフォニーホールの使命のひとつであると思っています。そうして徐々に日本のホールにもオルガンが多く入りましたが、ミューザのオルガンについてはどう思われますか?

松居 楽器は、使っていくことによって音が鳴ってくるようになります。車のエンジンと同じように、使っていくうちに良いコンディションになっていくのです。ミューザもまさにそうで、オルガンが完成した当初は「なんでこんな小さい音で整音したの?」と思うくらいでしたが、ビルダー曰く「5年経ったら鳴ってくるから、待ってくれ」と。とはいえもう稼働し始めていますから当時は応急処置を施しました。それが数年経ち、ビルダーの言う通り徐々に音が出てくるようになったのです。
その後の、2019年に行われたMixtur(というストップ)の再整音は非常に良かったですね。見違えるような響きになりました。

お客様の中にも「音が変わった」とおっしゃる方もいます。素晴らしい楽器があるからこそ、多くの人に聞いていただきたいですね。

松居 オルガンは社会の好みや需要に合わせて、音やスタイルや音楽を変えて、人々や社会の流れに寄り添うようにして生き残ってきた楽器です。でも、楽器なので、好きになってもらうにはきれいな音じゃないとだめじゃないですか。私たちは楽器の質を守ってゆく義務があると思っています。ミューザのオルガンは高いクオリティで作られた、ポテンシャルも高い楽器です。

これからのオルガン界

最後に、これからのオルガン界への展望をお聞かせください。今日、色々なキャリアのオルガニスト、コンサートホールも増えてきました。その中で、今後どういう広がりを望まれますか?

松居 オルガニストが独りよがりに「オルガンは素晴らしい」と思っていても、世間と共有できなければ意味がないですよね。折角勉強をしてコンクールで賞を取って来ても、社会と乖離したままでは需要がない、続けられないからです。社会の好みを完全に無視することはできないと私は思います。いま、音楽の好み、若い人たちの音楽の聴き方も変わってきていますね。クラシックという不動のジャンルはもちろん確固として大切ですが、そうでないものにも柔軟に対応していかなければ、と思っています。
オルガニストのキャリアについても、例えば電子オルガンなどを弾いてきた人の強みというのは、作曲が出来る、編曲が出来る、ペダルのテクニックがあること。ただ、メカニックアクションの楽器を演奏する経験は無いということもあります。クラシックのオルガンから入った人はその逆です。そこでお互いに溝を意識してしまっているところもあります。
そうではなく、もっと自由で、今の世の中に媚びるのではなく、新しい魅力のある何かに対する柔軟性を持つべきなのかなと思っています。
編曲ものをオルガンで演奏するにしても、「オリジナルの方が良いに決まっている」という感覚を超えるような良い編曲、良い演奏テクニックが出てきてほしい。より新しくて今の人たちに受け入れてもらえるようなものを提示していかないといけません。裸の王様になってはいけないと思うのです。


2020年2月の「松居企画」では、オルガン演奏とパントマイムのコラボレーションで幻想的なステージを創り出した(パイプオルガン:青木早希 マイム:マンガノマシップ)

多様な演奏者が出てこないと多様な価値は生まれてこないかもしれません。徐々にオルガニスト人口も広がってきた今、様々なオルガニストがいることが大事なのですね。

松居 編曲もの、流行りの音楽をオルガンで演奏することに抵抗がある人も、逆に無い人もいます。素晴らしいテクニックと素晴らしい編曲で演奏すれば、それは新しい魅力になると思いますからそれを拒絶しないでいたい、そしてそのような次世代を期待しています。

ありがとうございました。

ロマン派時代のオルガニストらが皆こぞってバッハを学んだように、現代のオルガニストはフランクを必ず勉強します。フランスのオルガン音楽界を支えたフランクのメモリアルイヤー、2022年はきっと多くのホールのオルガンコンサートで彼の作品が演奏されることでしょう。
日本のコンサートホールや教会でも、フランス風のオルガン、ドイツ風のオルガン、それ以外のスタイルのオルガン…、それぞれの規模も全く異なったオルガンを聴くことができます。オルガニストにとって必須のレパートリーであるフランクを、全国様々なオルガンで聴き比べられる一年になるかもしれません。
そんな2022年の幕開けに、フランクの名オルガン作品を殆ど網羅しているこの「メモリアル・オルガンコンサート」を聴きにいらしてみませんか?初めて腰を据えてフランクを嗜んでみる…、そんなあなたもまずはフランスの鮮やかな色彩感あふれる音色に身を委ねてみてください。ミューザが誇るクーン社製のオルガンで、ホールをベル・エポック一色に染め上げます。そして3人の名オルガニストが奏でるフランクの哀愁漂う美しい旋律があなたの心に寄り添い、琴線に触れる音との出会いがあることを願っています。

公演詳細・チケットはこちら

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