本文へ
  • English
ミューザ川崎シンフォニーホール
menu

ブログBlog

HOME  / ブログ / From_Muza / 公演レビュー:ホールアドバイザー小川典子企画『孤独と情熱』(text:宮本明・音楽ライター)

公演レビュー:ホールアドバイザー小川典子企画『孤独と情熱』(text:宮本明・音楽ライター)

ミューザ川崎シンフォニーホールのホールアドバイザー小川典子企画による「孤独と情熱」は、ゲストに須川展也を迎え、全7曲中4曲が英国の現代作曲家ジョゼフ・フィブスの作品という、聴きごたえのある新しいプログラムで開催された。

公演のメインビジュアル

現代作品が軸だからという配慮もあるのだろう、公演の2日前にはフィブスのトーク&レクチャーを開催、当日もフィブスと小川、須川によるプレトークがあり、作曲家とその作品について楽しい雰囲気の中で予備知識を得ることができた。未知の作品を聴く時には、こういう機会はとてもありがたい。

写真左から、ジョゼフ・フィブス、小川典子、須川展也。©T.Tairadate

ジョゼフ・フィブスは1974年ロンドン生まれ。調性感の豊かな、それでいて研ぎ澄まされた響きの作風が人気の現代作曲家で、作品の委嘱が引きも切らないという。上述のようにこの日は彼の作品が4曲演奏された。まず冒頭2曲がフィブス作品。

1曲目の《NORIKOのためのセレナータ》は2018年に小川がミューザ川崎の市民交流室で主宰する「ジェイミーのコンサート」のめに作曲された。小川が「やさしさに包まれるあたたかい音楽」というように、親密で静かな歌を感じさせる作品。
2曲目の《5つのやさしい小品》は2019年の作品。詳しい経緯の説明はないものの、この日の演奏が世界初演とのこと。「やさしい」は「gentle」や「kind」ではなくもちろん「易しい=easy」で、弾くのが簡単とは思えないけれど、作曲者いわく「simple piece」。単純だからこそ洗練された技術を持っていなければ演奏できないという。弱声のつらなりが繊細な表情の変化を生む。その静謐な変化に客席も同調して耳を澄ます。現代作品中心ということもあって残念ながら客席は満席とはいかなかったが、咳払いはもちろん、誰一人としてかさりとも音を立てることのない集中力。よい聴衆だ! 緊張感のある静寂に包まれた。

ピアニストとピアノだけが照らされる舞台。そこから生み出される音楽に客席全体が聴き入った。©T.Tairadate

ここでゲストの須川展也が登場。オーボエが原曲のシューマンの《3つのロマンス》作品94をソプラノ・サクソフォンで。小川がコンサートのタイトルを「孤独と情熱」としたのは、後述のフィブスの《Night Paths ナイト・パス》にインスパイアされたものだということだが、それに対応する作曲家として真っ先に浮かんだのがシューマンだったという。須川の吹くソプラノ・サクソフォンの「絹のようにやわらかい音」(小川)は、美しい甘いロマンスだけを歌うのではなく、まさに孤独の中に仄暗く明滅する情熱を感じさせた。

シューマン:《3つのロマンス》でソプラノ・サクソフォンを吹く須川展也と、ピアノを弾く小川典子。©T.Tairadate

再びピアノ独奏でラヴェルの《ソナチネ》。次曲のフィブスの《ソナチネ》と対をなす形だが、じつはフィブスの新曲ができる前、まだタイトルも決まっていないうちに全体をプログラミングしたので、フィブス作品が《ソナチネ》となったのはまったく偶然。フィブスもラヴェルが弾かれることを知らずに構想・命名したのだそう。

コンサートの途中にもトークを挟み、小川典子自ら作品のエピソードなどを語っていた。©T.Tairadate

そしてこの日のハイライトである小川典子の委嘱作品、フィブスの《ソナチネ》世界初演だ。全3楽章・約14分の作品はフィブスのピアノ曲としては最大規模の作品だという。第1楽章〈暁の歌〉(原題はフランス語の“Aubade”)は太陽が昇る暁の音楽、第2楽章〈同じ速さで〉は内向的、第3楽章〈無窮動(ダンス)〉は激しい。小川いわく、この第3楽章が、プログラム全体が「孤独」から「情熱」に変わっていく転換ポイントになっていた。

休憩をはさんで再び須川が登場。フィブスの《Night Paths(夜の道)》の日本初演だ。小川との協働も多い英国のサクソフォン奏者ヒュー・ウィギンのために2022年に作曲したばかりのアルト・サクソフォンとピアノのためのラプソディ。委嘱者であるウィギンが一定期間の演奏権を有しているのを、特別に許諾を得ての演奏なのだそう。じつは小川は2021年に、ミューザで須川との共演によるコンサートを予定していたが、転倒で負傷して実現できなかった。でもその時にはまだこの作品は生まれていなかったのだから、須川の演奏でこの曲を聴けるのは、文字どおり怪我の功名だ。フィブスが「ヒューとはタイプの異なるアプローチで、衝撃的に素晴らしい」と絶賛した演奏は、じつにエキサイティング。先述のとおり小川が「孤独と情熱」というコンサート・タイトルを決めたのは、この作品の印象によるものだ。須川のアルト・サクソフォンは、最近の彼のステージではおなじみの、還暦祝いに門下生たちから贈られたという特製の赤い楽器。途中、サクソフォンをピアノの内部に向けて演奏し、ペダル踏みっぱなしで開放した弦に共鳴させる部分があり、ミューザ川崎の豊かなホールエコーとの対比、相乗効果でとても幻想的だった。

《Night Paths》で須川が演奏した赤いサクソフォンは、還暦を記念して弟子から贈られた特別製。©T.Tairadate
演奏後、共に舞台へ上がり拍手を受けるジョゼフ・フィブス。©T.Tairadate

プログラムの最後はシューマンの《交響的練習曲》作品13。小川らしい広いダイナミック・レンジと多彩な音色が、ピアノという楽器をまさにシンフォニックに響かせた。

プログラム全体をあらためて俯瞰すると、ラヴェルとフィブスの《ソナチネ》を対称軸に、その両側に須川のサクソフォンによるシューマンとフィブス、さらにその外側にピアノ独奏のフィブス(2曲)とシューマンを配置したシンメトリーな構成になっていて面白い。

須川が選曲したというアンコールは二人で《ロンドンデリーの歌(ダニーボーイ)》(石川亮太編曲)。この曲を聴くといつもついじんわりと来るサビの6度の跳躍。須川のサクソフォンのむせび泣くような歌とあいまって、いっそう揺さぶられた。

終演後のサイン会にはたくさんの聴衆が集まり、列をなした。©T.Tairadate

(終演後の小川典子のコメント)

「孤独」から始まって、ジョゼフの《ソナチネ》のあたりから「情熱」のほうに傾いていくような、ストーリーを形作ることのできるプログラムになったと感じています。演奏者にとってはタフでしたけれども、ジョゼフの曲が軸になって、弾きごたえのある演奏会でした。お聴きになった皆さんが楽しんでいただけたらよかったなと思っています。ありがとうございました。

ホールアドバイザー小川典子企画『孤独と情熱』

【日時】

2024年2月23日(金・祝) 14:00開演

【出演】

  • ピアノ:小川典子
  • サクソフォン:須川展也★

【曲目】

  • ジョゼフ・フィブス:NORIKOのためのセレナータ(2018年小川典子委嘱作品)
  • ジョゼフ・フィブス:5つのやさしい小品(世界初演)
  • ロベルト・シューマン:3つのロマンス op.94 ★
  • モーリス・ラヴェル:ソナチネ 嬰ヘ短調
  • ジョゼフ・フィブス:ソナチネ(小川典子委嘱作品/世界初演)
  • ジョゼフ・フィブス:Night Paths(日本初演) ★
  • ロベルト・シューマン:交響的練習曲 op.13
  • <アンコール>
    アイルランド民謡(石川亮太編):ロンドンデリーの歌
ジョゼフ・フィブス、小川典子、須川展也ならんでの記念撮影。©T.Tairadate
ページトップへ