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ミューザ川崎シンフォニーホール
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特別寄稿:巨匠ラトル、ロンドン響と奏でる「有終の美」(text:石合力/朝日新聞編集委員)

2022.07.04

From_Muza

2022年10月2日、サー・サイモン・ラトルが手兵のロンドン交響楽団とミューザの舞台へ帰ってきます。「響きをみがく~音響設計家 豊田泰久の仕事」の著者で朝日新聞編集委員・石合力氏の特別寄稿、後編ではミューザの音響を深く意識した今秋のプログラムの魅力に迫ります。
>>>前編「ホールを楽器にする巨匠ラトル」を読む

 

サー・サイモン・ラトル © Mark Allan

「すばらしいコンサートホールは、我々がその上で演奏する『楽器』なのです」
「来日ツアーでは、日本のさまざまなホールで演奏するけれど、ミューザでの公演がいつも最高のものになる」――「ミューザ川崎シンフォニーホール」の響きを世界最高と位置づけ、そのホールを「巨大なストラディヴァリウス」と称賛する指揮者サー・サイモン・ラトル。ロンドン交響楽団(LSO)との最後の来日ツアーでの公演で、彼がプログラムに選んだのは、豊かなオーケストレーションで知られる後期ロマン派の3曲である。
*   *   *
ワーグナー:楽劇「トリスタンとイゾルデ」から 前奏曲とイゾルデの愛の死
R.シュトラウス:オーボエ協奏曲
エルガー:交響曲第2番 変ホ長調 op.63
*   *   *

 

サー・サイモン・ラトル指揮 ロンドン交響楽団(2019年1月、ロンドン・バービカンホールにて) ©Mark Allan

プログラムについて、ラトルは来日前のオンライン会見でこう語っている。
「日本に来るならば、ときにはエルガー第2番のような長大なイギリスの交響曲を持ってくるべきではないかと思ったのです。もしエルガーがウィーンの住人だったら、彼はマーラーのような存在になっていたでしょう。実際、マーラーは晩年、エルガーの曲を指揮しています。マーラーは、自分の死の翌年のシーズンで、この2番を演奏する予定だったのです」
「そして、このプログラムは、ワーグナーの『トリスタンとイゾルデ』こそ、マーラーやエルガー(の交響曲)の起点であり、そこにつながる一つの線であるということを明確に示すものになるでしょう。ワーグナーこそが、すばらしく豊かな後期ロマン派の音楽を花開かせたのです」

「エニグマ変奏曲」や行進曲「威風堂々」で知られるイギリスの作曲家、指揮者エドワード・エルガー(1857~1934)と、ウィーンで指揮者、作曲家として活躍したグスタフ・マーラー(1860~1911)は、リヒャルト・ワーグナー(1813~1883)よりやや後の同時代人である。エルガーが自身の指揮で第2番を初演したのは、1911年5月24日。マーラーが亡くなった6日後だった。

ラトルは二人の関係について、あるインタビューでこう語っている。「マーラーは好奇心旺盛な人物でした。晩年、ニューヨークで振ったプログラムをみればそれが分かります。エルガー、ドビュッシー、ダンディー等々(中略)――マーラーは、(エルガーの)『ゲロンティアスの夢』も知っていたのですよ。スコアを持っていましたから」(「マーラーを語る」、音楽の友社)

もう1人の同時代人、R.シュトラウス(1864~1949)のオーボエ協奏曲は、第2次大戦直後の1945年に書かれ、翌年に初演された晩年の作品である。ラトルは会見で「このオーボエ協奏曲は、そうした同じ(後期ロマン派の)伝統のほぼ最後の作品です。今回のプログラムは、ロマン派の音楽に満ちあふれた時代の最初と最後を示すものになるでしょう。そしてもちろんのことですが、これらの曲は、このすばらしいホールで輝かしく響くものになるでしょう」

自分のお気に入りであるミューザという「楽器」に、ホール音響の効果を最大限に活かせる後期ロマン派の曲を持ち込み、最高の形で「鳴らしたい」という思いが読み取れる。

ラトルは「ロマン派の最初」の音楽にあたる「トリスタン」を、ベルリン・フィルを率いてミューザに初登場した2004年11月の演奏会でも取り上げている。そして、18年後に同じホールで再び演奏する。ベルリン・フィルとLSOを率いて指揮者ラトルが築いた「一つの時代」の最初と最後をこの曲で締めくくるという意図もあるのではないか。例えば、彼はベルリン・フィルのデビュー時(1987年)と首席指揮者退任時(2018年)の演奏会で、ともにマーラーの“交響曲第6番「悲劇的」”を演奏している。ミューザの聴衆は、そうした経緯も知ったうえで、二つのスーパーオケによる演奏を聴き比べることができる。幸せというほかない。

 

満場の拍手を受けるサー・サイモン・ラトル(2017年11月、ベルリン・フィル来日公演にて)©青柳聡

自他ともに世界最高峰と認めるベルリン・フィルの首席指揮者兼芸術監督から、祖国イギリスの名門LSOの音楽監督への移行期だった2017年9月、ラトルは筆者とのインタビューで二つのオーケストラについて、こんな見方を示している。

「ベルリン・フィルは、いい意味で互いに激しく競い合い、わがままな集団です。ドイツ的というよりはカラヤンの影響でしょう。ベルリン・フィルは常に彼らの歴史について語ります。歴史の重みがその両肩にのしかかっている。それはすばらしい重みでもあります」

「LSOもとても長い歴史を持つオーケストラで、18世紀中期から昨日書かれた曲まで幅広く関心を持っている。様々な奏法を熟知しており、とても柔軟です。互いの関係がより柔らかく、人間的です。彼らは(過去の歴史ではなく)未来について語ります。メンタリティーが異なるのです」

今回の「トリスタン」と同様、ラトルはこの二つのオケで、同じ曲を演奏したことがある。取り上げたのは、ブルックナーの大曲、交響曲第8番(ハース版)である。2017年5月にドイツ・ハンブルクのエルプフィルハーモニーでベルリン・フィル、その約1年前の2016年4月にフィルハーモニー・ド・パリでLSOとそれぞれ演奏した。ミューザの音響設計にかかわり、ラトルが厚い信頼を寄せる音響設計家豊田泰久(69)が両ホールの音響を手がけた。

伝統のドイツ音楽に対する「歴史を背負った」団員の自負、プライドを持つベルリン・フィル。一方で、互いの関係がより柔らかく、人間的なLSO。両者を聴き比べた豊田の感想は、「音響のバランスという点でみれば、LSOの演奏はベルリン・フィルを上回っていた」という。

ラトルは、LSOとの関係について、筆者にこう語っている。
「イギリスでは多くの場合、ユーモアを通じて意思疎通がなされます。それはほかの場所では理解することが難しいものかもしれません。ここ(LSO)には自然な関係があります。そして、団員は非常に貪欲で、好奇心にあふれている。可能なかぎり、音楽をすばらしいものにしようという一点に集中しているのです」

すぐれた響きを持つホールを「楽器」として弾きこなす巨匠ラトル。その際、特別な信頼関係で結ばれたLSOほどふさわしいパートナーはいないだろう。

ミューザは、ラトルとLSOがその「有終の美」を飾る上で最高の舞台になるはずだ。

 

ロンドン交響楽団 © Ranald Mackechnie

ロンドン交響楽団 © Ranald Mackechnie

(文:石合力/朝日新聞編集委員)

>>>前編:ホールを楽器にする巨匠ラトル(text: 石合力/朝日新聞編集委員)

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■公演情報
サー・サイモン・ラトル指揮 ロンドン交響楽団

2022年10月2日(日) 14:00開演
指揮:サー・サイモン・ラトル
オーボエ:ユリアーナ・コッホ(ロンドン交響楽団 首席オーボエ奏者)
管弦楽:ロンドン交響楽団

ワーグナー:楽劇「トリスタンとイゾルデ」から 前奏曲とイゾルデの愛の死
R.シュトラウス:オーボエ協奏曲
エルガー:交響曲第2番 変ホ長調 op.63


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