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【インタビュー】『オルガン小曲集』を完成させることに意義がある(松居直美企画)

ホールアドバイザーがこだわりのプログラムをお届けする「ホールアドバイザー企画」。オルガニスト松居直美さんによる今年のコンサートは、「J.S.バッハ オルガン小曲集プロジェクト」第1弾です。

バッハの『オルガン小曲集』は全164曲中118曲が作曲されていないままという未完の曲集。それを完成させようという「オルガン小曲集プロジェクト」が世界的に行われ、15年にかけて完成しました。バッハの思いが21世紀に引き継がれ、蘇った『オルガン小曲集』。全6巻のうち、10月の公演では3巻分の作品を6人のオルガニストが披露します。

公演への思いを松居直美さんにうかがいました。

インタビュアー 加藤浩子(音楽物書き)

松居直美さんがリモートコンソールでオルガンを演奏している様子。
オルガニスト:松居直美 © 池上直哉

バッハの未完の大作『オルガン小曲集』とは

バッハの『オルガン小曲集』BWV599~644は、バッハが教会暦のすべてのコラール(讃美歌)をオルガン・コラールに編もうとした壮大な作品集だ。残念ながら未完に終わったが、オルガニストにとっては「必須の作品集。長大なコラールに取りかかる前に必ず手がける曲です」(松居直美。以下同)。

今世紀に入り、イギリスのオルガニスト、ウィリアム・ホワイトヘッドの提唱で、この未完の『オルガン小曲集』を完成させる「オルガン小曲集プロジェクト The Orgelbüchlein
Project」がスタート。バッハが計画した164曲のうち手がつけられずに残った118曲を、現存の作曲家が1人1曲ずつ作曲する形で、15年をかけて完結した。現在、全6巻にのぼる楽譜が刊行中である。

ミューザ川崎シンフォニーホールのホールアドバイザーを務める松居直美はこのプロジェクトに惹かれ、自らがプロデュースする「言葉は音楽、音楽は言葉」のシリーズで全曲演奏を企画した。『オルガン小曲集』とその魅力、今回のプロジェクトの意義について語っていただいた。

「『オルガン小曲集』は、バッハが20代後半から30代前半にかけてヴァイマールの宮廷オルガニストを務めていた時代に、ヴァイマールで使われていた讃美歌集に載っていた讃美歌(コラール)を教会暦順に作曲しようとした、壮大な構想の作品集です。讃美歌自体は164曲書き込まれているのですが、完成されたオルガン・コラールは46曲に過ぎません(注:BWV634は633の初期稿なので、それを1曲と数えると45曲)。1ページに1曲の讃美歌とそれに応じたオルガン・コラールが書かれた形になっているので、コラールが作曲されていないところは空白のままになっていて、バッハの当初の計画がわかるのです。1曲だけ2、3小節書いてやめている曲があり(注:BWV
Anh.I 200)、これは多分ライプツィヒ時代に書き加えられたものです」。

バッハは「集大成的」な仕事を好む作曲家である。最晩年の『フーガの技法』BWV1080はその典型だ。そのようなバッハの資質を考えると、計画を途中で放棄するのは「バッハらしくない」。その理由については「この形式でできることはやり尽くしてしまったのでは」と推測する。

「ひとつとして同じ様式の作品がない。4声、カノン、装飾コラールなど、ヴァラエティに富んでいます。讃美歌のテキストに基づく修辞的な表現も巧みです。もっと若い頃の『ノイマイスター・コラール集』ではアイデアに技術がついていかない面も見受けられるのですが、『オルガン小曲集』は成熟した、緻密な技法で書かれていて、どこにも無駄がなく、破綻がない。この音以外あり得ない、と思わされます。このスタイルでのオルガン・コラールはやり尽くしたと思ったのではないでしょうか。バッハが書いた『オルガン小曲集』全曲の演奏会もやったことがありますが、形式がころころ変わる短い曲を連続して弾くのはとても大変です。

バッハの成熟の一つの理由は対位法ですね。奥行きがある。それはおそらく、キリスト者としての精神的な成熟も関係していて、それがバッハを特別にしているように感じます。どの曲も本当に素晴らしいですが、どれか1曲と言われたら〈おお人よ、汝の大いなる罪を嘆け〉BWV622でしょうか」。

現代の作曲家たちによるコラール オルガン作品の新たなレパートリーに

とはいえ、未完で遺されたことは気にかかる。「オルガン小曲集プロジェクト」の存在を知った時「『オルガン小曲集』を完成させるというアイデアが面白いと思った」。

「このプロジェクトを知ったきっかけは、ドイツ留学時代の師だったオルガニストのジグモンド・サットマリー先生がこのプロジェクトからの依頼でコラールを作曲されたことを伺ったからです。作曲した人だけでも100人以上、楽譜にして6巻にのぼるプロジェクトが進行していたのですが、それを全て音にしてみたいと思いました。

全部いっぺんにやるのは大変なので、すでに刊行されている1、3、4巻を演奏します。オルガニスト6人で弾き分けますが、前後や間にトークも入れますし、3時間くらいかかりそうです」。

新しく作られたコラールが、オルガン作品の新しいレパートリーになる可能性も感じているという。

「現代曲と言ってもコラールというベースがあり、短めの曲なので、コンサートのプログラムに取り入れやすいと思います。いろいろな方が書いていますから、形式もいろいろです。今回私はたまたまサットマリー先生の作品とホワイトヘッドさんの作品を演奏するのですが、前者はコンパクトながらカラフルでドラマティック、後者はミニマルな反復の中からコラール旋律が浮き上がる、緊張感に富んだ曲です。オルガンのレパートリーはロマン派作品が少なく、古い時代の作品だとコンサートオルガンでは良さが伝わりにくいので、新しいレパートリーで無理なく取り入れられる作品が増えるといいですね。何より『オルガン小曲集』を完成させたこと自体に、大きな意義があると思っています」。

(ミューザ川崎シンフォニーホール友の会会報誌「SPIRAL」vol.86より)

ホールアドバイザー松居直美企画 言葉は音楽、音楽は言葉 Vol.7
J. S. バッハ オルガン小曲集プロジェクト I

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